私ども古美術・骨董えんやでは、神奈川県秦野市において骨董品、古美術品、工芸品、掛軸、中国骨董品、中国古美術品、仏教古美術品、仏教絵画掛軸、朝鮮古美術、朝鮮民画掛軸、中国古陶磁器、朝鮮古陶磁器、高麗青磁、李朝白磁、唐物骨董品、唐物書画掛軸、安南古陶磁器、南蛮古美術品、桃山古陶磁器、桃山古書画掛軸、現代工芸品、人間国宝(重要無形文化財保持者)などの工芸品、文化勲章受章者の作品、現代美術品などの買取・査定・鑑定を行っております。秦野市への出張買取はもちろん、店頭買取・持込買取(東京都渋谷区広尾本店・町田市小川7‐6‐10スリフトモール町田店)、宅配買取も行っております。又、メール、ライン画像による簡単無料買取・査定も受け付けておりますので、お気軽にご利用下さい。
お持込買取の際は不在にしていることもございますので必ず事前のアポイントメントをお願い致します。また宅配買取の場合、発送前に一度ご連絡ください。発送時の注意点等お伝え事項がございます。
神奈川県秦野市は約二万年前の旧石器時代から人々が定住していた痕跡が尾尻の太岳院遺跡や渋澤、鶴巻地区の遺跡などに残っている地域で、人々の長い生活や発展の歴史のある地域です。平安時代には一説によると秦野市の名の由来となった波多野氏が秦野市域一帯を所領し開拓に尽力したことが様々な文献に記されており、この波多野氏は信仰に厚かったのか大山を中心として仏教文化が花開きました。後に波多野氏は越前、現在の福井県に移住し曹洞宗の開祖道元を招き永平寺を建立しています。
戦国時代に入ると秦野市域は小田原の北条氏の支配地となり足軽大将・大藤氏が田原、名古木を、桑原氏が曽根、今泉を、山角氏が北矢名などを領地とし江戸時代に入るまで続きましたが、北条氏も仏教信仰、敬神念仏の念が厚く、配下で平況の和田氏は浄円寺を、大藤氏は西田原の香雲寺を建立、再興しています。江戸時代には栃窪、柳川、三廻部、八沢の村が小田原藩領となった他は、主に幕府の直轄地となり主に麦、たばこ、大豆などの畑作が行われていました。商業は現秦野市本町四ツ角付近に「十日町市場」と名付けられた市が立ち、農産物や肥料、燃料などが盛んに売り買いされました。この様な経済発展の歴史を有する秦野市には古くから伝わる古美術品や骨董品、古書画類が所蔵されていると考えられます。特に信仰心の厚い地、秦野市には仏像や仏画掛軸などの仏教美術品も多く眠っていると推測されます。
古美術・骨董えんやでは秦野市にて古美術品、骨董品、古書画、仏教美術品などの買取・査定を行っております。秦野市にお住まいの方、ご実家のある方、法人様などでお手持ちの古美術品、骨董品、仏像、仏画掛軸などをご売却ご検討の際は古美術・骨董えんやまで買取・査定をご用命下さい。秦野市まで出張にてお伺いし買取致します。店頭買取・持込買取(要予約)をご希望の場合は渋谷区広尾本店及び町田店(町田市小川7‐6‐10スリフトモール内)にて対応致しますのでご予約の上お気軽にご来店下さい。又、まずはどの様な品物なのか知りたい場合などはメール・LINEにてお品物の画像やサイズ等、お送り頂きましたら所見をご返答致します。
古美術・骨董えんやでは日本の古美術品、骨董品、仏教美術品の他、中国古美術品や中国仏教美術品、朝鮮古陶磁器、高麗仏像、李朝白磁、南蛮古美術品、安南骨董品など、海外諸国の古美術品、骨董品、掛軸などを買取・査定致します。さらに、人間国宝(重要無形文化財保持者)、文化勲章、文化功労者など人気工芸作家が制作する陶磁器や漆芸品、彫刻品、金工品、木竹工芸品、人形作家物、象牙彫細工、サンゴ細工、金・銀・銅細工物、鉄瓶などの買取・査定にも力を入れておりますのでお手持ちの現代美術工芸品をご売却の際は古美術・骨董えんやまでご連絡下さい。又、相続によって譲り受けた遺品のお品物であっても、使用する方がいらっしゃらない場合や申し訳ないけど趣味が合わない相続品、まったく興味がない場合やもうすでに持っている場合、置く場所や管理する場所がない場合など相続した遺品の行く末にお悩みの方も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。
その様に相続後、遺品の整理にお困りの際は古美術・骨董えんやまでご相談下さい。さらに相続相談を引き受けていらっしゃる弁護士、税理士、司法書士などの方々からも多くのご相談を承っております。弁護士、税理士、司法書士の方からのご相談も心よりお待ちしております。その他、不動産業、解体業の方々からのご依頼もお待ちしております。不動産売却販売物件先、または解体現場まで出張にてお伺いし、買取・査定致しますので何なりとご相談下さい。まずは買取専用フリーダイヤル0120-808-896またはメール、ライン画像による簡単無料買取・査定までお気軽にご連絡下さい。